「ついにここまで来たか・・・・・・」
ある一人の男が、ある惑星を見てこう言った。
「ここまで来るのに40年かかった。ワープを繰り返しただけの40年だった・・・・・・」
青い星を見ながら感慨深く言い放った。
「我々の星より、この星は進んでいるようではないか。確か、天の川銀河の中央都市だったような。他の星との交流も持っていたらしいな。そして、この星には我々と同じく、人間がいる。つまり我々とよく似ている星ということだ。20年前に故郷からの交信が途絶えてからは、何も情報が入らなくなったが。そう、この40年間、とくにこの20年は、孤独に耐える日々だった」
「ブレーキ機能は作動するのか?」
「サドウシマ・・・ガガーピー」
「AIも老けてしまったようだな」
「ガガ・・・ホントウニ・・・イクンデスカ・・・・・・?」
「ああ、今となっては何の意味も無い旅だがな。もう故郷と連絡は取れない。着いた所で意味は無い。そんなことは知っている。だが、この40年分の思いを晴らすには、行く以外の選択肢は無い」
「ワカリマシタ・・・ブレーキサドウ・・・タイキケン・・・トツニュウ・・・」
「頼んだぞ」
「ツキマシタ」
「早いな」
いや、早くなっているのは俺の時間感覚だ。
40年間密室にいたのだ。無理は無い。
「やっと着いた・・・・・・」
孤独と戦い、時間を無駄にし、やっとここまで来た。
「地球だ・・・・・・」
ついに地球に着いた。
辺り一面には、原っぱが広がっていた。
俺は耐え切れず、そこに寝てしまった。
宇宙船暮らしが長かったので、とても新鮮だった。
寝ているだけ。
それが今の俺にとって一番の幸せだった。
星空が綺麗に見える。
今日はよく晴れているようだ。
故郷の星は見えるわけが無い。
そう思うと、悲しくなる。
でも、いつの日からか、涙は出なくなってしまった。
25年目くらいが自分的に一番辛かった。
密室の中の孤独。
交信が途絶えて5年。
先の見えない恐怖。
気が狂い、何かに押しつぶされそうになっていた。
それが、あるときを過ぎて、急に楽になった。
そのときから、俺は感情を表に出す事が無くなった。
悲しくないなんてことはない。
でも、涙は出ない。
寂しい人間になったと、自分でも思う。
泥のように眠りこけた。
そうして、疲れが少しとれた。
全てとれることは無いだろうから、今出来る最善の術を尽くしたと思う。
いよいよ地球を散策することにした。
しかし、俺は気になっている事がある。
生命が見当たらないのだ。
人はおろか、鳥も、虫さえも見当たらない。
40年前に知った地球は、もっと自然豊かで、生命が多くいたはずだ。
一体どうしてしまったのだろうか。
高層ビルが多く立ち並んでいる。
ここは随分と都会だ。
翻訳機能を使って調べてみると、どうやらここは「東京」という都市だという事がわかった。
手当たり次第のビルに入ってみることにした。
高いビルは、太陽光エネルギーで動くエレベーターによって登ってみた。
窓から見た町並みは、壮大で、綺麗だった。
「タワーがあるな」
その声がビルのフロア中に響き渡った。
ビルの上から探しても、人は見当たらない。
これはただごとではない。
俺は様々な建物に出入りし、情報を探した。
図書館らしき場所があった。
俺はそこに入り、情報源となる新聞を手当たり次第探した。
そして、ある新聞を見つけた。
「号外
地球に中性子星が接近か
NASA発表
今日午前10時ごろ、「地球に中性子星が接近している」とNASAが発表した。中性子星は、非常に強い重力を持っており、もしこの報道が本当なら、地球は壊滅する。そのため政府では、以前から進められていた、「亜地球への箱舟計画」が急ピッチで進められている。NASAによると、中性子星は、2年以内には太陽系に突入するそうだが、詳しい日時等はまだ分からない」
そういうことだったのか。
地球人はこの箱舟計画によって既に亜地球へ移動したということだ。
俺は、つくづくツイてない男だ。
そうでも言わないと、やってられない。
もう、ここには地球人なんていないんだ。
もう、ここには無人の建物しか残っていないのだ。
涙も出なかった。
全てが無駄になった。
果たして本当にそうなのか。
まだ全てが無駄になったわけではない。
せっかく地球に来たのだ。
中性子星が接近するまで日は無いが、それまで地球での生活を楽しまなければ。
無人の地球を、思う存分楽しまなければ。
「ご用件はなんですか」
いきなり誰かが話し始めた。
俺はひどく驚いた。
まさか人がいたのか!?
「こんにちはぁ。ご用件はありますかぁ」
そこにいたのはロボットだった。
比較的小柄の、可愛らしいロボットだ。
「あれぇ? 人間はみんな亜地球に行ったんじゃなかったんですかぁ?」
「えーとね、俺はね、地球人じゃないんだよ」
「ここは危ないですよぉ、帰ってくださいぃ」
「いやいや、そんなこと言わずにさ、この町を散歩しようよ」
「分かりましたぁ」
よく晴れていて、気持ちのいい日だ。
「地球は綺麗だね」
「そうですかぁ」
「あの高いタワーは何?」
「あれは東京スカイツリーですぅ。ずっと昔に建てられた建物ですが、今も健在で、今なお、東京で一番高い建物ですぅ」
「誰かもっと高いのを作りたくならなかったのかね?」
「高い建物を作るのに飽きたんでしょうぅ。人間はある時期を越えたときから、進化するのを止めてしまった気がしますぅ」
「地球は自然豊かな星だと思うよ。鳥とかも前はいたんでしょ?」
「いましたぁ。生態系の保全のため、それらの生物も全て亜地球へ移動しましたぁ」
「君は何でここに残っているの?」
「館員さんに見逃されていたんですぅ。書庫が連なる、見通しの悪いところで作業をしていたら、いつの間にか誰もいなくなっていてぇ」
「置いていかれたと?」
「そうですぅ」
「悲しいな」
「ロボットなんで、悲しくても涙は出ないんですぅ」
「もう俺も涙なんて出なくなったよ」
「そうなんですかぁ」
「ここに来るまでに泣きすぎたからな」
そのロボットと、何度も原っぱで夜を明かした。
聞けば聞くほど、地球は魅力的な星だった。
涙を流して、この悲しさを洗い流したい。
2人とも同じ思いだ。
ある日、目覚めたら遠くでサイレンが鳴っていた。
パトカーのような飛行船だ。
地面すれすれを走っている。
だんだん近づいてきた。
サイレンが止まった。
誰か人間が降りて来て、こう言った。
「この辺りに誰かいるぞ!」
俺たちのことか?
名乗り出てみた。
「はい、ここに人間がいます」
「ここにロボットもいますぅ」
警官のような人が近づいてきた。
「2人も東京に残っているとは!」
「いや、俺は宇宙人で」
「宇宙人? そうか、地球はパルサー(中性子星)に飲み込まれるんだ、分かったらさっさとこの星から出ていきな。天の川銀河の中心から離れるように、ストレンジャー星に行きなさい。そうしたら君は安全に帰れる。それとも、地球人と共に亜地球へ向かうかい?」
「俺は地球に残ります」
「馬鹿なことを言うな! 死にたいのか!」
「俺はこの星を離れたくありません」
「離れるんだ! この星は終わるんだ!」
「ここで離れたら、一生悔いが残る! 俺はもう死ぬ覚悟は出来ています。40年かけてここまで来たんだ。亜地球なんてヘンテコな星に俺は行かない。俺は地球を目指して、身の回りのもの全てを捨ててまでこの星に来たんだ。お願いだ。この星で死なせてくれ」
「・・・・・・勝手にしろ! それと、ロボット、お前は来るか?」
「いや、私もここにぃ」
「行け」
「え、なぜですかぁ。だって、私が行ったらあなたは一人になっちゃうんでしょうぅ?」
「これは俺が選んだ道だ。君の悲しさは、亜地球へ帰れば無くなる。亜地球に行った方がいい」
「私は、あなたと共にいたいんですぅ」
「わがまま言ってごめんな。俺はここにいる」
「そんなぁ」
「ほら、行けって。みんな待ってるぞ」
「わかりましたぁ。さよならぁ」
「ていうことで、お前はこの星に残るんだな?」
「残らないと気がすまないんで」
パトカーのような飛行船は、サイレンを鳴らしながら去っていった。
目から大粒の涙が流れてきた。
やっと泣く事ができた。
小型ロケットが宇宙へと旅立っていった。
ロボットも乗せて。
俺は青空を眺めながら、最期の日まで原っぱで寝ている事にした。
なんていい天気なんだろう。