ここはとある山。
雪が静かに降っている。
俺はタヌキ。
この山に住むタヌキだ。
近頃は凡庸で退屈な日々を送っていた。
もう、タヌキのコミュニティにもうんざりしてきた。
そんなとき、一人の人間の少女が山に来た。
俺はその子と話したかった。
ナンパするわけではない。
ただ、人間と話したかったのである。
この退屈な日々を変えるために。
俺は人間の青年に化けた。
この山のタヌキには伝統的に化ける能力があるのだ。
彼女は山の上から外の景色を眺めているようだ。
俺は勇気を振り絞って、話しかけた。
「すみません……。そこで何をしているんですか?」
「あ、私、写真をここで撮っていて……」
まずい。
カメラに写されたら、俺がタヌキだということがバレてしまう。
人間に化けるといっても、実体を人間にしているわけではなく、相手の脳を騙して、自分を人間の様に見せているだけだ。
つまり、人間に「嘘」をついているわけだ。
だが、機械に嘘はつけない。
カメラに写されたら正体がバレてしまう。
手短に話を済ませなければ。
しかし、焦ると何を喋ったらいいのか分からなくなる。
なにしろ、人間と話すのは初めてなのだから。
何を話す?
質問か?
初対面の人間に何を質問すればいい?
「写真に撮っていいですか?」
「わー、ダメ!ダメ!」
「なんでですか?」
「た、魂抜かれるから、とりあえず質問、えーと、好きな色は!」
「す、好きな色!? そうですね……、白とかが結構好きですね。」
「白!? いいですねー! それじゃあまた!」
俺は足早に去っていった。
正体だけはバラしてはいけない。
「好きな色」とかいうくだらない質問をしてしまったことは後悔している。
しかし、一言でも二言でも良い。
話せたことが、生涯の思い出になるのだから。
あれから数年経った今も、あの日の白い思い出は脳裏に焼きついている。