Sleeperのブログ

ネットの奥深くに眠るブログ。。。

(二次小説)魔法電車に乗って

※pixivに投稿していた小説です。pixivは絵をメインにしていきたいので、こっちに持ってきました。

 

***注意***
・この小説は石風呂P作詞作曲の楽曲「魔法電車とキライちゃん」の二次創作です。
・楽曲のモチーフである魔法電車を主題に書いた小説であり、小説の内容すべてが当楽曲から由来するというわけではありません。
・他の石風呂楽曲からもエッセンスを拝借しています。
・歌詞の個人的解釈が入ってくるような部分もありますが、あくまで一個人の解釈です。ここで描かれる風景やら感情やら何もかも、私の二次創作が致すところであり、石風呂氏の公式見解では全くないということをご理解いただければ幸いです。
・本作品において、キライちゃんは僕っ子です。これは個人的な趣味を含みます。(また、「釘バットギャングの日常・下北編」も参考にしています)

[newpage]
 キライちゃんは一人、暗い部屋の中で天井を見つめていました。
 明日は月曜日。これからまた一週間学校が始まると思うとなんだか上手く眠ることができません。時計の針は午前一時をとうに越えていますが、目はますます冴えきってしまって、どうにかならないものかと思いながら、ウォークマンに入ってる自分好みの音楽を何遍も繰り返し繰り返し聴いていました。
 それでも頭の中では負の感情がぐるぐると渦巻いたままで、思わず「憂鬱だなあ」と、消化しきれない言葉が口から突いて出てきました。こんな気分では一生眠れないと思い、ひとまず起き上がることにしました。時計の針は午前三時を過ぎています。窓の外を見ると、街はすっかり明日に向けて寝静まっており、空には素知らぬ顔で月が浮かんでいました。眠れない自分は部屋に一人、世界から取り残されているように感じました。

 そのときふと、ある予感がしました。それは第六感というものなのでしょうか、とても楽しいことが起こる予感がしたのです。
 何かに急かされるようにキライちゃんは部屋を出て、家の玄関を開けて、外で一人で待ちました。何を待っているのかは自分でもよく分かりませんでした。ただ何かが来ると確信して、じっと空を見つめていたのです。夏が終わるというのに執拗に残る暑さも、今は全然気になりませんでした。

 そしてついに、それは来たのです。遠くの空からそれはやってきました。最初はぼんやりとした光しか見えませんでしたが、近づいてくるにつれてそれが電車であることが分かりました。電車はどんどん大きく見えるようになり、自分の前で旋回して目の前に停まったのです。四両編成の車体には「魔法電車」とぶっきらぼうに書いてありました。
 何だこれと呆気にとられていると、目の前にあるドアが開きました。「これ、乗れということなんだろうな」と何となく察しがつきました。この際だし乗ってみようと思って中に入ってみると誰もいないので驚きです。四両もあるのにどの車両にも一人も人がいません。一人もいない、そう、運転手さえいないのです。一人は心細いなと思ったのもつかの間、ドアが閉まり電車が動き始めてしまいました。結構揺れるので大人しく席に座ることにしました。

 電車は見慣れた街の歩き慣れた道を走り抜けていきました。線路なんて当然ありませんが、細かいことは気にしません。物理法則なんてお構いなし、壁や建物もどんどん通り抜けてしまいます。中学校もスーパーも駅も通り抜けて、気づけば知らない街に来てしまいました。ただひたすらに電車は走っています。何の説明も聞かされずに乗ってしまいましたが、このままどこかとんでもない遠くに連れていかれるんじゃないかと不安になってきました。今何時か知りたくてもあいにく近くに時計はありません。こうなってしまえばもう身をゆだねるしかありません。どうにでもなれ、と思いました。すると電車は角度をつけて上に昇り始めました。どんどん上に昇っていって、下の世界はどんどん遠くに行ってしまいました。しばらくすると夜空に浮かぶいくつもの星が見えるようになってきました。いつも見ている夜空にはこんなに星が輝いているんだと思ってちょっぴり感動したのでした。


[newpage]
 しばらく走って魔法電車はまた下に降り始めました。電車は街の光に吸い込まれていきます。窓の外の景色を眺めてみましたが、やっぱり知らない街です。電車は知らない住宅街を抜けて、知らない公園に停まりました。ブランコがたくさんある広めの公園ですが、夜なので人はいなさそうです。しかし電車のドアが開くとそこにベンチに一人で座っている人がいたのでした。彼はよれよれのワイシャツを着て頭を抱えていて、足元にはビールの空き缶が転がっていました。これは彼に何かあったとしか思えません。一体どうしたのかと思って電車を降りて話を聞いてみることにしました。

「どうしたの?」

 その人は泣きはらした目で話し始めました。
「……今日会社で大きいミスをやらかしちゃって、散々怒鳴られて、もうお前は会社にいらない存在だ、辞めてしまえ、とか言われて、すごい嫌になったんだけどミスをしたことは事実で、確かに自分はいらない存在だよなとか思ってきちゃって、でも上司だって確認してくれりゃ気がついたミスかもしれないのに、でも全部自分が悪いことになって、会社に居場所がなくなっちゃって、辛くて、でも俺ってプライベートも何も楽しくなくてさ、会社で生きていくしかないような人間だからさ、辞めようったってそんな簡単に辞められるわけでもないしさ……」

「……ドンマイ」
 キライちゃんは社会のこととかまだよく分かりませんし、話も長くて途中からあんまり聞いてなかったのですが、とにかく落ち込んでいることは分かったので励まそうと思いました。


「じゃあさ、今夜だけはそんなこと忘れて魔法電車に乗ってしまおうよ」
「魔法電車って何?」
「僕も知らない。でもきっと楽しいよ。気晴らしにさ」
 魔法電車に乗ろうと誘ったのは適当な思い付きです。深い考えなしに、とりあえず乗ってしまえば楽しいだろうと思ったのです。ときどきキライちゃんは無敵です。無敵のキライちゃんは決まって不敵な笑みを浮かべて、厄介事全てをはねのけるような楽しい力を持っているのです。
 こうして彼とキライちゃんは魔法電車に乗り込みました。ドアは閉まり、また魔法電車は走り始めました。


[newpage]
 どんどん電車は昇っていき、また夜空を走っています。会社で嫌な目にあったであろう彼はすっかり眠り込んでしまっていました。
 キライちゃんは夜の星を眺めながら、どれがベガでどれがアルタイルなんだろうなとか考えていましたが、正直星が多すぎてどれがどれだか分かりません。宇宙の広さを思うと人間という存在があまりに小さく思えてきました。でもその小さな存在が色々なことに悩んだり苦しんだりするし、そういう存在が無数にいると思うと、話のスケールの大きさにどんどん気が遠くなってくるのでした。もはや今何時で自分はどこにいるのかという些細なことは全く気にならなくなっていました。

 またしばらくして電車は下に降り始めました。窓の下を見るとそこに光はありませんでした。目を凝らしてみると緑が広がっており、随分と街を離れたものだなあと思いました。下に降りていくうちにここは鬱蒼とした木々がずっと遠くまで広がっていることが分かってきました。おそらく樹海なのでしょう。電車が地面に降り立ち、ドアが開いたのでキライちゃんは外に出てみることにしました。
 そこの空気は夜の暗さ以上に暗く重く沈んでいました。どこを見渡してみても同じような風景で、永遠にこの世界が続いていくように感じました。まもなくしてキライちゃんは、木にもたれかかって座っている人を見つけました。服は土で汚れていて、全てを諦めたかのようにうなだれていました。生きているのかも死んでいるのかもよく分かりません。気になるので話しかけてみました。

「大丈夫?」
「……」
 返事は何もありませんでした。もう死んでいるのかとも思いましたが、よく見ると呼吸で肩が静かに揺れていることが分かりました。手には縄を持っていました。
 何となく察しがついたキライちゃんは、細かいことを聞くのはやめにしようと思いました。

「とりあえずさ、こんな所にいるのはやめてさ、魔法電車にでも乗ってしまおうよ。きっと楽しいから」
 そう言うと、キライちゃんはその人の手を引いて電車に乗り込みました。電車が再び走り出して空に昇ると、その人は気が付いたように窓の外を見ました。そしてそのままずっと窓の外の景色を見ていました。何を考えているのかはキライちゃんには分かりませんでした。静かな星の海の中、魔法電車は走り続けました。キライちゃんはこのままどこにでも行けるような気がしてきました。この時間がずっと続けばいいのになとも思いました。


[newpage]
 しばらくしてまた、魔法電車は下に降り始めました。窓の下を見てみると、そこにはたくさんの屋根がありました。住宅街のようです。地面スレスレで電車は地面と平行になり、猛スピードで住宅街を走り抜けていきました。壁なんてお構いなしでどんどん通り抜けていきます。知らない街で知らない人の家を通過していくのはなんだか悪い気がしました。そうやって赤の他人の家をどんどん通り抜けていきながらも段々減速していき、しまいには家を通り抜け切らない状態で電車が停まってしまいました。車体は家を完全にはみ出していますが、自分たちがいる車両のドアは家の部屋と繋がっていました。そしてそこには、小学生くらいの女の子が壁にもたれて座っていました。
「……何これ」
 女の子は怯えたように電車を見つめました。当然の反応だと思いました。
「魔法電車だよ。どうせなら乗ってく?」
 キライちゃんは例のごとく、不敵な笑みを浮かべて言いました。
「魔法電車?」
「僕たちをどこかに連れていく電車なんだ。一緒にどこか行こうよ」
「どこかってどこ?」
「分かんない。ここじゃないどこか。きっと楽しいよ」
 そう言うとキライちゃんは女の子の手を引き、電車に乗せてしまいました。これはほとんど誘拐だとも思いましたが、今は細かいことを考えるのをやめました。ドアが閉まり電車が動き出すと、女の子はおろおろしながら周りを見回しました。
「大丈夫だよ。安心して」
 そして電車が空に昇っていくと、今度は窓に食い入るように外の景色を見て目をきらきらさせていました。彼女は夢中で夜の空に輝く星々を見ていました。


「どうして眠れなかったの?」
 沈黙を破るように、キライちゃんは唐突に聞きました。
「え?」
「こんな遅い時間まで起きているのには理由があるのかなと思って」
 実はさっきからキライちゃんはこのことが気になっているのでした。夜遅くまで眠れない彼女には何か悩み事があるに違いないと思ったのです。すると彼女は言葉に出すのを少しためらいましたが、思い切ったように、
「学校に行きたくなくて。眠ったら次の日が来ちゃうから、眠れなかったの」
と言いました。僕と同じだ、と思いました。
「分かるよ。僕も学校行きたくないなと思っていたら魔法電車が来たんだ」
「そうなんだ、お姉ちゃんも同じなんだ」
「うん。学校辛いよね」
 そう言うと女の子は顔を歪ませ、涙を流し始めました。
「……辛い」
 どんどん涙は溢れ出てきました。
「……もういじめられたくない」
 キライちゃんも同じような境遇でした。どうすればいいのか分からないのは、キライちゃんも同じでした。彼女を慰めたい気持ちでいっぱいでしたが、手軽な言葉は自分に返って突き刺さってくるような気がして、言葉に詰まってしまいました。


[newpage]
 その後しばし無言の時間が続いてましたが、あるとき思いついたようにキライちゃんは言いました。
「僕はね、絶対にいつの日にか、いじめてきた奴ら全員に復讐してやるんだ」
「復讐?」
「そうだよ。もう少し周りの環境が変わって、自分も何か成長できたらさ」
「ふうん。そうなったら、同じやり方でいじめ返すの?」
「どうだろう。もっと別の方法を探したいな」
 例えば……と言おうとしましたが、その先にある答えはまだ見つかりませんでした。
「どう復讐するかは分からない。でも僕はこの最低な感情を絶対忘れないんだ。大人になってもね」
 そう言うと、女の子は笑顔を見せました。
「それ、カッコいい。私も忘れない」
「いいね、一緒に頑張ろうね」
「うん」
 こうして二人は意気投合しました。二人の目にはいつしか光が宿っていました。それから間もなく、女の子は安心したように眠りについてしまいました。

 

 キライちゃんは窓の外をぼんやりと眺めながら考えました。自分のこと。復讐の方法。音楽のこと。学校のこと。宇宙のこと。ペンギンの生態。
 そんな一個人の考え事など無視するように魔法電車は夜の空をただひたすらに駆けていきました。ただひたすらに……

[newpage]

いつの間にかキライちゃんは眠りについていました。

キライちゃんは寝ながら疑問に思いました。

「魔法電車って具体的にどこらへんが魔法だったんだろう?」と。

確かに全てを通り抜けて空を飛ぶ点に関しては魔法だけど。

悩んでいる人を乗せてどこに連れて行って何をするのか。

そういう人たちに何か、悩み事が無くなる魔法でもかけてくれるのかとも内心思いましたが、今のところそういう魔法は何もありません。

何も分からないままここまで来てしまいました。

 

ただ、キライちゃんは今、根拠のない自信と万能感を持っているのでした。

理屈なんてないけれど、今なら何でもできる気がするのです。

そしてまた、キライちゃんは思いつきました。

ほんの小さな魔法なら僕にも使えるんじゃないか、と。

自分を取り巻く世界を変えていくような、小さな魔法なら。

そう思うと、また少し楽しい気分になってくるのでした。


[newpage]

キライちゃんは目覚めました。

窓の外を見ると、空は少し明るくなっていました。太陽は今にも顔を出しそうです。電車の中を見回すと、いつの間にか自分一人だけになっていました。どのタイミングで彼らは降りてしまったのか、見当もつきません。
ようやく頭が目覚めてきたと思った瞬間、電車は今までにないほどの角度で地面を急降下していきました。しかも今までにない猛スピードです。キライちゃんは電車の手すりに掴まりました。地面にぶつかる勢いで電車は降りていきましたが、地面スレスレで地面と平行になり、その勢いで街の中を駆け始めました。今度は一体どこに連れていかれてしまうのだろうと思い、外をよく見るとそれは自分のよく見知った街並みでした。東からのぞく太陽の光に照らされて、いつもの街はいつもより輝いて見えました。これから新しい一日が始まるのだと思いました。

そして自分の家が見えてきました。おそらくここで降りるのでしょう。しかし電車のスピードは一向に落ちません。あれ、ちゃんと降りられるのかな?
そんな心配もなんのその、電車は勢いのまま自分の部屋の中に突っ込んで急・急・急ブレーキ。その衝撃でキライちゃんは思わず目を覚ましました。


目を覚ました?


キライちゃんは布団の中にいました。
その事実を認識した瞬間、今までのことが全て夢のように思えてきました。
魔法電車に乗ったという証拠は今やどこにもありません。枕元にはウォークマンがありました。時計を見るともうすぐ学校に行く時間だと分かったので急いで支度をしました。支度を進めるにつれて記憶が薄らいでいく気がして少し悲しくなりました。


この記憶が全て夢だったということにしてしまうのはやるせなく感じるのです。
夢と現実とのギャップの大きさに胸が苦しくなってしまうのです。
それでも、キライちゃんは目の前の現実から逃げずに前に進むことに決めました。
なぜなら今日はなんだか良い気分がするからです。
学校に行きたくなったわけではないのですが、今日ならちょっとだけ前向きでいられるかもしれないと思いました。


キライちゃんの旅は、これからも続いていきます。