Sleeperのブログ

ネットの奥深くに眠るブログ。。。

混乱が躍る生活

コロナの騒ぎが始まってもう一年以上経った。まだまだ混乱は収まる気配がないし、一寸先の未来がどうなるかすら全く分からない。東京五輪がどう、緊急事態宣言がどう、この夏も何もできないのか、どれもこれもが分からない。

それでも、来るものは来てしまう。泳げないというのに水泳の授業はあるだろうし、テーマがぐちゃぐちゃになってる研究発表だってまとめなければならないだろうし、大変な課題に取り組まなければならない美術も毎週のように来る。副教科ばかりに気を取られるのは私は非常に不本意で、学校に行きたくなくなる理由でもある。私は今高2なので1年半後に受験があるのだ。勉強に集中したい。しかし、果たして合格したところで学校に通えるのか。それすらも分からない。

皆同じように大変なんだ、って言う人がいるけれど、弱音ぐらい吐かせてほしいね。弱音を吐かれることにすら我慢できない人はよっぽど狭量な人なんだなと思ってしまう。

私はストレスに弱い。多分私みたいな人は全然特別じゃないと思う。いわゆる「繊細さん」とか「HSP」とかカテゴライズされるけど、全然それは特別じゃなく、一般の人の半分くらいは潜在的に「繊細さん」だと思うのだ。ストレスに強いとか言っても、我慢して、心をすり減らしながら強がっているのなら同じことでしょう。このストレスが溢れる非常時に我慢していたらパンクしてしまう。命あっての物種である。パンクする前に、自分に正直になった方がいい。もうストレスなんて嫌なんだ、と。

だけど、それは逃げる手段にはならないことも知っておかなければならない。社会は非情なもので、学校に行かないと、会社に行かないと、社会の一員として認められないのだ。自分だけ楽するのはおかしなことだから、当たり前のこととも言える。だが、その事実がますます自分を追い詰める。どうすればいいのか。悲しいことに、答えは出ない。生きるのに道筋があれば、どれほど楽であろうか。だがまた、どれほどつまらないであろうか。人は迷えるから楽しいのだと言える。

この世界がぶっ壊れたような混乱の中で、私はどれほど迷えるか。何ができるかは考えないことにした。結果にこだわっていたら疲れるでしょ。さまよいながらでも歩いていれば、何か新しい景色が見えるかもしれない。